工藤理世菜さんは東京都出身の21歳。大学を1年で中退した後、大学時代からインターンシップをしていた職場で正社員として、大学生向けのファシリテーション講座を主催しています。インタビューでも心を動かされる言葉がたくさんありました。

“自力で”見つけた就職先

古屋星斗(一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事、以下省略):
本日はありがとうございます。工藤さんは現在21歳ということですが、まず、今どんなお仕事をしているのか教えてください。

工藤理世菜さん(以下、敬称略):
よろしくお願いします。現在は、一般社団法人Foraという団体で正社員として働いています。Foraでは、大学生に対するファシリテート講座の講師やマネジメントなどを行っています。また、劇団で役者や、シンガーソングライターとしての活動も行っています。

古屋
いきなり21歳にして、多彩な経歴でびっくりしておりますが、そんな工藤さんのこれまでについて伺っていきたいです。

工藤
私は東京都大田区の生まれで、4人兄弟です。兄、姉、自分、妹。家族の話だと、兄はミュージシャンをやっていたりします。両親は私が幼稚園のときに離婚し、母親がダンススクールを経営しながら、祖父母が家にいてくれて育ててくれました。

学校は、小中学校が公立。高校は私立に通いました。大学にも一年間通っていたのですが、金銭的な問題で退学せざるを得なくなり、やめています。

古屋
高校生のときはどのようなことに力を入れていましたか?

工藤
高校は、私立の中高一貫女子高だったのですが、大学の指定校推薦に流れる人たちが多く、「なんとなく決めている」感じがしていました。私は大学に進むにあたって、自分自身のキャリアの悩みとかを話し合う機会が必要なんじゃないかな、と思いました。

そこで、社会人の方を高校に招いて企業が抱えている課題点を開示して、その課題について高校生がディスカッションや討論をする活動を始めようとしました。

その討論を通じてキャリアの話もできるし、高校生たちが解決策を考えてプレゼンをすることで、企業の方にとっても想像力を貰えるというプログラムです。

そのプログラムを実行に移そうとしたときに、高校の先生に「既存の団体を見たほうがいい」と言われました。そこで、近くで開催される合同シンポジウムに招待されてたことにFacebook上で気づきまして。

その参加団体についていろいろと調べて、全部見て、探し当てたのが今所属しているForaだったのです。そこで、卒業後、大学時代からインターンみたいな形で関わっていました。その後、正社員になりました。

「母の同級生の息子さんの友達」

古屋
自力で見つけたのですね!そもそも、その行動に移すきっかけになった企業を呼んだ討論プログラムのアイデアは、どこで思いついたのですか?

工藤
私は、中学までいじめを受けていて、人と話すのがとても苦手だったんです。目が全く見えなくなったこともあります。でも、高校に入って先生にもまわりの友人にも恵まれて。

外にも出ていく機会も貰いました。それが、学生討論会です。同級生がたくさんいて、外の自分の知らなかった価値観を知ることができることがめちゃくちゃ楽しかった。

そして、校内でも討論会を企画しました。学祭以外有志活動が禁止だったのですが、先生に承認を得るまで企画書を出し続けました。生徒会の先生が最後、「やってみたら」と言ってくれたときはうれしかったですね。

その学生討論会に行った元々のきっかけは、「母の同級生の息子さんの友達」からの紹介です。妹が「母の同級生の息子さん」に勉強を教えてもらっていて、私もそこで「勉強を教えて」と言ったら、その友達を紹介されたんです。

その人が校外の人を招いての討論会をやっていてそこから始まりました。いろんな人たちと触れ合って、「自分の世界は狭いんだ」みたいな気づきがあり。それが討論会を企画するようになったきっかけですね。

大元のきっかけを考えると、他人も他人ですね(笑)。でもとても感謝しています。

古屋
赤の他人ですね(笑)。その中で、うれしかったことや思い出深いことなど教えてください。

工藤
高校二年生のとき、弁論大会に出ました。東京私学の部の弁論大会で準優勝したんです。準優勝した人と優勝した人は、全国大会に行く話があったんですが、先生が教えてくれなかったので、準優勝して初めて知りました。

「受験生なのに」とその時はびっくりです。でも、高3の夏に広島で開催された全国大会に参加して、私は離婚した父を亡くした経験や戦後70年の話をお話しさせて頂きました。一生の思い出ですよね。

その後も、大学のときの授業でディベート論があったんですが全勝してそれもちょっとうれしかったです。自信も付きましたし、プレゼン力は鍛えられたかもですね。

Foraで大学生向けのファシリテーター講座を主催していますが、講師もやっていますから、今に生きています。