高卒就職、「一人一社制」は必要か

(総動員体制下で制定された“労務調整令”。80年前に作られた斡旋体制が、2019年現在も高校生の進路選択を拘束している)

 

高校生就活の3つのルール

 

高校生の就職活動は、大学生の“就活”とは大きく異なることをご存じだろうか。合同説明会も、インターンシップ説明会も存在せず、「内定長者」やESを何社分も書く、といったものもない。

そして現代の就活で見ない大学生はいないであろう大規模な「就活ポータルサイト」も存在しない。
 
では日本の高校生はどのように就職活動をしているのだろうか。大学生の就活と比べると大小多数の違いがあるものの、高校生の就職活動を知るために押さえておくべきは、以下の3つの「ルール」の存在であろう。

第1のルールは、スケジュールに関するルールである。毎年7月1日に企業による学校への求人申し込みが始まり、7月下旬以降の夏休み期間に会社見学・職場見学を実施、9月5日に生徒の応募書類提出開始、9月16日に選考・内定解禁というスケジュールが政府等関係機関によって定められ厳密に運用されている。

第2のルールは、「一人一社制」である。9月5日の応募書類提出から一定の期間(10月1日までと決まっている)は、一人の生徒が一つの会社にしか応募することができない。2003年以降に緩和され10月1日以降は複数社応募が可能となっているが、それ以前は厳密に一人の生徒の複数社同時応募は不可能であった。

第3のルールは、「推薦指定校制」による求人事前選別の仕組みである。高校で生徒に紹介される求人については、会社がオープンに応募している求人が提示されるのではなく、高校に寄せられた求人から選ばれるという慣行である。

この3つのルールのうち、第3のルールである「推薦指定校制」はインターネットの浸透もありかなり緩んでいるという指摘もある(ただし、当方が最近高校卒業した者にヒアリングしたところ、就職指導室にあった紙のファイルの10数枚の求人票から選んだ、という話を複数人から聞くことができており、「推薦指定校制」に近い状態は現在でも残存しているものと考えられる)。

その中で、本稿ではいまだ多くの都道府県において厳密に運用されている、「一人一社制」について考えたい

 

一人一社制はなぜあるのか

 

一人一社制はどういった理由で存在するルールなのだろうか。文部科学省、厚生労働省の通知や各都道府県での申し合わせを見ると、「求人秩序の確立」、「適正な選考・推薦の実施」、「健全な学校教育」、「新規学校卒業者の適正な職業選択」といった理由が挙げられている

つまり、一定のルールに則って就職活動がなされることで、高校生の学習環境を保ちつつ適正な選択を促す、というのが規制の趣旨となっていると理解できる。

また、一人一社制がここまで一般化しているのは、高校とハローワークによる高校生への職業斡旋が一般的であるためであり、実に現代でも80%以上の高校生が高校・ハローワークの斡旋によって就職している。

その歴史的な経緯としては、第二次世界大戦中の総動員体制下において、学校が戦時動員により工場等に学徒を斡旋する機能を持ったことに起因すると考えられる。

具体的には1941年12月の労務調整令により、国民学校卒業者は国民職業指導所経由での就職のみに限定されることとなった。

この学校・国による斡旋体制の確立が、戦後の中学・高校における学校・ハローワークの「全員斡旋体制」に繋がっており、2019年現在も高校に残っているものと考えられる

歴史的な経緯は時として本質を歪ませる。「求人秩序の確立」、「適正な選考・推薦の実施」、「健全な学校教育」、「新規学校卒業者の適正な職業選択」といった趣旨を達成する制度としての在り方については議論の余地があるといえよう。

 

一人一社制は「弱いルール」

 

現代においても、多くの学校現場で厳密に運用されている一人一社制であるが、ルールとしては実は「弱い」。

高校生就職活動については、二段階の規制が行われている。一段階目は、文部科学省と厚生労働省が共同開催する「高等教育就職問題検討会議」決定の「通知」による規制である。

ここではスケジュールのほか、全国統一様式の応募書類、さらには求人票にはハローワークの確認印が必要である、といった細かいことまでが決定されている。この一段階目ですら、法律(国全体の規則)や政省令(政府が作る細かい規則)といったものではなく、あくまで法的根拠のない「通知」である。

しかし、スケジュールにしろ、全国一律の応募書類にしろ、80%以上の高校生がこのルールに従って就職活動を行っている事実を踏まえると、事実上の規制として強い効力があると言えよう。

二段階目は、各都道府県の高等学校就職問題検討会による「申し合わせ」である。「申し合わせ」において、「一人一社制」や面接の際の質問内容の制限などとった国の「通知」で決まっていないことが定められる。

こちらは国による事実上の規制ですらなく、各自治体によるものであり、法的根拠も全くない極めて弱いルールであるといえよう。

しかし、弱いルールである一方で、多くの高校生、そして採用する企業がこのルールに縛られており、事実上の規制として効力を発揮していることには変わりがない。

 

一人一社制はこれからの日本に必要か

 

論点ごとに検証してみよう。

  • 『未成年である高校生に対して、大学生と同様の就職活動をさせることは難しいのではないか』

このようなパターナリスティックな姿勢は年齢や学習期間の差異があるため一定程度必要であると考えるが、そのためにはむしろ「選択肢の選び方」や、「確認すべき点は何か」、など企業の選び方やキャリアづくりについて大学生より手厚く指導することを行うべきであろう。

そうしたプログラムなしに、行動する選択肢自体を一律で減らしてしまう規制は、職業選択の自由を過剰に侵してしまっている疑念をぬぐうことはできない

より軽易かつ効果的な方法で達成することができる論点であると考える。また、民法改正により成人年齢も18歳に引き下げられることも、この疑念を後押しする。

 

  • 『たくさんの企業との面接が行われると学校の勉強ができなくなるのではないか』

既に厳密なスケジュール規制が敷かれているため、学業期間については一定程度担保されていると言えよう。一人一社制をなくした場合には、9月16日の選考開始以降、数日から数週間に渡って選考が断続的に行われる可能性があるが、採用したい企業に対する「選考時間ルール」(学事日程に影響のない日程とすること、などとし、放課後時間などの実施をルール化する)により、こちらもより軽易な規制による効果的な方法で達成することが可能である。

もしくは選考開始日時を1か月前倒しし、夏季休暇期間とすることでも当該論点は解消する。なお、就職難の状況下においては多くの学生に無理なく就職の機会を与えるという点で、一人一社制は一定の合理性はあったものと考えられる。

しかし、現在のように採用需要が旺盛で学業を比較的圧迫することなく短期間で就職活動と進路決定が可能な状況においては、徒に生徒の選択権を限定するものとなっていると言わざるを得ない。

 

  • 『一人一社制は企業の効率的な採用に貢献している。もしなくせば企業の人材獲得が困難になる』

特に採用難に直面している地方・中小企業において、このポイントは大きな問題となっている。決まった学校から、決まった数の若者を確保できる高卒者採用の仕組みは企業側のメリットが大きい。

一人一社制は、「選考が、生徒あたり一社にしか許されない」、という仕組みとも言い換えることができ、企業の採用にとって非常に厄介な「内定辞退」を無くすことができるのである。

ただし、この仕組みによって入社した生徒は本当にその会社で仕事することに心から納得しているだろうか。高卒者の入社後3年後離職率は実に40%であり、これは大卒者の30%より10%も高い水準にある。

育ててもすぐ辞めてしまう、早期離職のこの10%の差が「選択していないこと」に起因する差であるとするならば、他の会社も見てそれでも自社に魅力を感じてくれた、という仕組みにすることが状況を改善するのではないだろうか。

また、会社側も現在より多くの生徒と会うことができ、自身の目で自社にフィットする学生を探すことができよう。むしろマッチングの場の貧しさが問題であり、一人一社制によって当該論点が解決するものではない

 

求められる、行政による主体的な「新たなルールづくり」

 

本稿では簡単に、一人一社制を取り巻く状況と課題を整理してきた。触れているとおり、一人一社制は「弱いルール」であり、行政として「規制しているつもりはない」と言える性質のものであるし、現時点で民間企業が高校生の採用市場でビジネスを行うことは全面的に自由である。

しかし、「規制していないからやれることがない」ことはない。高校生の就職・初期キャリアづくりには極めて大きな問題が多数存在しているのである(早期離職の多さ、就職業種の産業構造から乖離した偏重など)。

少なくとも80%以上の高校生とその採用をしている多数の企業が、事実として「ルール」に基づいて就職活動をしている現実を直視したうえで、より行政には積極的な役回りが期待されているといえよう。

国際的にも高い水準にある高校生の就職率を維持しつつ、よりフィットした就職先を選ぶことのできる仕組みについて、日本全体で人手不足が極めて深刻化している今、まさに議論する時が来たのではないだろうか。

 

書き手:古屋星斗
一般社団法人スクール・トゥ・ワーク 代表理事
1986年岐阜県多治見市生まれ。大学・大学院では教育社会学を専攻、専門学校の学びを研究する。卒業後、経済産業省に入省し、社会人基礎力などの産業人材政策、アニメ・ゲームの海外展開、福島の復興、成長戦略の立案に従事。アニメ製作の現場から、仮設住宅まで駆け回る。現在は退官し、民間研究機関で次世代の若者のキャリアづくりを研究する。