2020’sの若者キャリア論 牛島悟(前人未到CEO) × 古屋星斗(スクール・トゥ・ワーク代表理事)

2020年代の若者キャリアはどうなっていくのか。今回は、非大卒向けキャリア支援サービスの「サムライキャリア」などを運営する株式会社前人未到の牛島悟さんと対談します。

古屋(一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事、以下略):
2020年代のキャリアについて考えて、いろいろな人とお話する、そんな企画にご参加いただきありがとうございます。私はこの数年でキャリアの考え方が全然変わると思っていて、その中でも一番変わるのではないかと思っているのが「転職がなくなる」ことだと思っています。

どういうことかというと、100%A社から100%B社に移る転職はかなりリスクが高いと思うのです。それは企業にとっても、人にとっても言えること。なので、「コミットメントをシフト」していく方法がいいと思っています。

ベンチャーとかですと最初から人を入れるのが不安なので、夜の時間だけ業務委託をするなど、そういう形が増えてきています。起業するにあたっても、元々やっていた仕事を週2日の業務委託で残しつつ割合を減らしながら、徐々に移行していくのが増えていますよね。

いきなり起業、いきなり転職みたいなのがほぼ無くなっていくのではないかと思っています。結果として「こんなはずじゃなかった」という転職する個人も、そして採用する企業の「こんなはずでは」もなくなっていく。

牛島 悟(前人未到CEO。以下略):
面白いというか、僕がこうなるだろうなと思っているのが、僕は今まで、業務委託とか、副業推進のスタートアップの経営アドバイザーみたいなのをやっていたんですよ。

そこで気づいた話なのですが、一つは、レイヤーによって働き方が変わってくると思っています。業務委託と副業があって、業務委託はフリーランス的要素が強いですよね。会社に行って仕事を行うことが実は結構あるわけですが、その中で、リモートで作業できる人たちは、どちらかというとエンジニア職種なんです。

こういう職種の人たちの数は、マーケット全体で見たときはまだまだ小さい。ただ、個人側のニーズはめちゃくちゃ高いんですよね。自分の会社で正社員で100%コミットではなくて、一応仕事はやるけど土日は違うところで働きたいとか、逆に週3日しか来ないので他の会社と掛け持ちしたいとか、そういうのが本当は多いんですよね。それは僕も実感をしていて、圧倒的に多いんですよ。

古屋
個人側のニーズは私も痛感していますが、やはりそうなのですね。

牛島
ただ、その場合には企業側のネックが圧倒的に多くて、スタートアップでは使われ始めているものの、大企業がそこをまだ開いてくれないという問題点があるんです。

そして、その中でそういう働き方ができる人たちって、力がある人たちなんですね。極論を言うと、9割はエンジニアなんですよ。売り手市場で会社に来てくれなくても、仕事ができバリューが出せる人たちです。

逆に、営業職とかですと、非常に難しいんですよ。つまり「そこにいないと」バリューが出せないのです。なので、先ほどの「コミットメントがシフトする」話は、まず職種という観点から広がっていくだろうと思っていて、まずはエンジニアですが、ゆくゆくは人事、広報、マーケターとどんどん広がっていくだろうと思います。

ただ、もちろん、スキルのレベルという観点も必要で、やはりまずはビジネスレベルがすごく高い人たちになり、この人たちから広がっていくだろうと思います。このハイレイヤーではその動きはどんどん広がると思っています。

古屋
そういった動きのなかで、「働く」のシチュエーションが完全に変わっていますよね。Slack(注:スラック。全世界で利用者数が増えているチームコミュニケーション・ツール)で仕事をすると、例えば普通の会社ですと机の配置とかで課長とか部長とか分かるじゃないですか。

「窓際でペーペーを見下ろす位置にいる人が偉いんだろう」とか「いつも早く帰る方は家庭の事情であまり仕事はできないんだろう」とか、オフィスでは自明であったある種の「了解」がなくなっていく。

そういう点も含めて、2020年代のキャリアづくりは、今とはえらい違いになるのではないかと思います。ただ、牛島さんのお話でもあったとおり、スキルのない層をどうするか。

18歳・22歳で仕事を始めるのが当たり前の時代から、新人で採用された方26歳で初職、そういう人たちも増えてくると思いますし、今までそういう人たちは非正規に行くしかなかったんですけど、これからの時代は働く場があるのではないのかなと思っています。

牛島
そうですね。問題はいわゆる未経験層ですよね。オリンピックとかの景気の変動にもよると思いますが、今、スクール・トゥ・ワークさんとか、ハッシャダイ(非大卒限定の有料職業紹介会社)さんとか、キャリア教育のプレイヤーが入ってこないと、たぶん根本が変わらないと思います。

あとは成人年齢が変わった時にどう動くかという部分だと思います。大前提いきなりは変わらないと思いますが。なので、民間からそこに入っていって、少しずつ、進展、浸透していくと、2020年、僕はもう少しかかるのかなと思っています。

2020年と2030年の間で行くのか、そこの感覚は難しいですね。なので、若年層のところは、まずはあまり大きく変わらないと思います。僕の見立てで変わるとしたら、若者個人側の視野が広がり、民間の僕らやスクール・トゥ・ワークさんのような団体が入っていって、「選択肢を知る」という体験は変わることができる。他方、若者市場の大きな流動化、仕事の仕方の変化は起きないのではないのかなと思っています。

 

株式会社前人未到 代表取締役社長 牛島悟
福岡出身、新卒で大手メーカーに入社。その後スタートアップ、メガベンチャーにてTOPセールス。AI系ベンチャー企業上場を牽引後、起業。

 

一般社団法人スクール・トゥ・ワーク
代表理事 古屋星斗
1986年岐阜県多治見市生まれ。大学・大学院では教育社会学を専攻、専門学校の学びを研究する。卒業後、経済産業省に入省し、社会人基礎力などの産業人材政策、アニメ・ゲームの海外展開、福島の復興、成長戦略の立案に従事。アニメ製作の現場から、仮設住宅まで駆け回る。現在は退官し、民間研究機関で次世代の若者のキャリアづくりを研究する。

人に言われて決めたことが一番後悔する

みなさんは“高校を中退”した人にどんなイメージがあるでしょうか。高校を中退した後、地元の和歌山でとびの仕事をしていた龍神さん。4年勤めたとびを辞め、現在は東京でweb広告の営業をしています。今回は、現在22歳の龍神さんにキャリアストーリーを伺います。

高校を中退、そして3カ月で高校卒業

古屋
龍神さんは今、東京でwebの広告営業の仕事をされていますが、中高ではどのような生徒さんでしたか?

龍神
僕は実は高校はほとんど行かずに中退しています。中学校もあんまり行ってなくて。いわゆる不良、マイルドヤンキーでしたね。でも、中学時代の同級生は7割くらいは大学に行っているんですよ。当時はあんまり自分と変わらないなと思っていたのですが。

古屋
今、大学に行っている同級生と、中学校時代はあまり差を感じなかったんですね。全然違う人生を送っている彼らを見て、何か思うことはありますか?

龍神
これまで高校を中退してから仕事をしてきたんですが、ここに来て、大学行にきたいなと思っています。高校中退した後に18歳で一瞬だけ本気で勉強していて高卒資格を取ったんです。だから大学受験はできる。なので大学で学びたい学問があれば迷わず行こうと思ってます。

古屋
面白いですね。18歳で一瞬だけ勉強したというのはどのくらい勉強したんでしょうか。

龍神
3ヶ月で合格コミットという、地元の高検塾に行きました。ですから勉強したのは3ヶ月ですね。

古屋
3ヶ月!3ヶ月で高卒資格ですから、3ヶ月で3年分の勉強をしたことになりますね。

龍神
そう言われると、そうなりますね。

古屋
話が戻りまして、高校を中退された後は、どんなことをしていましたか。

龍神
高校時代から建設現場でバイトしていたのですが、これが楽しくなって、こっちを仕事にしました。給料が良かったこともあり、和歌山県で月25~30万円だったんですよ。

高校は二学期に辞めまして、4年間建設現場で正社員として働いていました。いろんな現場に行っていたので、日々違う人と触れ合っていたんですが、仕事に厳しい人が多かったですね。なのでよく失敗して怒られてました。

ただ、仕事は大変だったのですが、給料が良かったので、その給料を毎月散財することが唯一の楽しみでした。たまに大阪とかに繰り出したりもしましたが、メインは和歌山駅前のキャバクラ。一回数万円とか使って遊びました。

古屋
地元で一回数万円はかなり目立ったでしょうね。最初のお仕事にはどんな印象が残っていますか。

龍神
現場が日ごとに変わっていたこともあり特に印象とかはあまり残ってないです。仕事の内容はとび職で、足場をつくっていく仕事。

ただ、この仕事を定年までするつもりはなく、いつか抜けようと思っていたんです。でも、本当にまわりの情報がなかったので全く何も分からなかったんです。

“自動車学校の教官”が最初のきっかけだった

※バイク運転で事故を起こした時の写真

古屋
そんな中で、最初のきっかけはなんだったんでしょうね。

龍神
今でも覚えているのは、最初の情報を教えてくれたのが自動車学校の先生だったことです。車の運転免許を取得しに自動車学校に通っていたら、30代くらいの教官に、運転している最中に雑談をしていたんです。

この中で、「中卒なんで職の選択肢の幅が狭くてどうすれば良いのか」という相談を何気なくしたんです。その時に、教官が言ったのが「高卒認定に挑戦してみたら?」ということ。

それで選択肢を広げるために高卒認定を取ったんです。その教官にも認定取得は「難しいよ」と言われたが、「逆にやってやろう」と気持ちに火がつきました。認定塾の先生にも1年は勉強しないと無理だろうと言われたが、3ヶ月でとれてちょっと嬉しかったです。

古屋
それは嬉しいですね。高卒認定取得後はどうされたのでしょうか?

龍神
医療関係の専門学校の試験を受けました。でも、筆記は受かったが面接は落ちました。やはり経歴で・・・。

そこで、貯金をかなり蓄えていたので海外行こうと思い立って、海外留学支援をやっていたハッシャダイをツイッターで知ったんです。

すぐに、DMか電話かで問い合わせました。「すぐ来れますか」と言われたので、オンラインで即答でOKして。今の環境を変えることでしか、今の自分を変えられないと思ったから即決でした。

古屋
ハッシャダイさんのインターンシップはいかがでしたか?

龍神
インターネット回線を売るインターンは結構上手くいきました。営業は仕組み化されているので、モチベーションを上げる仕組みもあり、目標がある人は契約をとれるんです。その時に、「自分、営業向いているな」と思いました。

古屋
今に繋がる、大きな発見ですね。インターンシップ参加後、どんなアクションを起こしたのでしょうか。

龍神
当時、成長意欲がとても高くて、営業スキルを極めたかったんです。新規営業をゴリゴリやって、更にBtoB営業をやりたかった。そこで、法人営業ができる会社に入りました。

法人営業は個人営業と基本はあんまり変わらなかったが、マナーはもちろん高いレベルが求められるので学び直しました。もちろん、商材への知識量もです。

今やっているのがこの仕事で、webの広告営業です。勉強はOJTがやはり一番学べますね。でも次のステップに行こうかと思っているんです。

古屋
今はまず、成長、ということですか?

龍神
一言でいうのは難しいですね。成長意欲については、実は模索している段階なんです。営業は向いていると思いますが、一生やっていくわけではないので、模索している。

できれば次は、少人数のスタートアップに行きたい。あえてのメガベンチャーも。海外もあるかも。今の仕事は上手くいっている、結構売れているのですが、もう会社には辞めるという話はしてあるんです。

「人に言われて決断するのが一番後悔する」

古屋
龍神さんのキャリアづくりは今まさに第二のスタートを切ろうとしているのですね。最後に後輩たちに伝えたいメッセージなどはありますか?

龍神
自分が模索している最中なので、そんなに偉そうなことは言えないのですが、「すべての選択を自分の意志で決めたほうがいいよ」ということですね。

人に言われて決断をするのが一番後悔します。僕の場合は中学から自分の意志で決めていることが人より多くて、例えば学校に行かないということも意思決定かもしれない。

ただ、悩んでいることもあって、自分の中のゴールの定義がまだ分からないんです。いろんな選択肢の中で最適な道を探しつづけています。

具体的な目標として、5年後27歳、600~1000万円は稼ぎたい。そしてそれ以上に稼ぎ方をこだわりたい。toCでは稼ぎたくなくて、市場で唯一の立場になっていきたい。

そういう意味では、今の仕事には満足しているがまだまだ自分の人生には満足していないですね。

古屋
まだ22歳。目標はこれからもどんどん新しく見つかり、移り変わって行くと思いますが、必ずこれまでの経験が活きてくると思います。本日はありがとうございました!

今よりも面白い環境を求めて挑戦をする

今回のインタビューは2年前に福岡から上京し、現在はサイバーエージェントの子会社である株式会社Cyber Bullで初の高卒採用された後藤竜之助さんにお話を伺いたいと思います。

木村(当団体事務局):
よろしくお願いします。早速ですが、簡単に自己紹介していただいてもよろしいでしょうか?

後藤竜之助さん(以下、敬称略):
はい、私は現在、広告媒体の運用の仕事をしています。高校時代はサッカー部に所属していたのですが、けがをしてしまってそこからはとにかく遊んでいました。高校時代に好きなことは全部やっていました。

高校卒業後は元々就職すると決めていたので、貿易会社の運送業に就職しました。五人兄弟でみんな大学に行こうとしていましたが、自分は親に迷惑をかけた分、楽をさせたいと思い、就職すると決めました。貿易会社なので、夜中の2時から朝の10時までなど不規則な就業時間の勤務でした。

木村
いろいろな会社への選択があったと思うのですが、なぜその会社を選ばれたのでしょうか?あと、会社を辞められたきっかけとかありますか?

後藤
元々その会社を選んだ理由は、給料が良かった、ただそれだけです。ですが、仕事をしていくうちにお金が全てじゃないと思うようになりました。もっと面白いことをやりたい、そんな価値観が少しずつ変わっていったのがきっかけですね。

木村
そうだったんですね、面白いことをやりたいとのことでしたが、やめた後はどんなキャリア転換をされたのでしょうか?

後藤
貿易会社を辞めた後は、訪問販売のアルバイトをやっていました。訪問販売はかなり得意だったのですが、そこで、株式会社ハッシャダイ(非大卒限定向けの有料職業会社)の社員と会い、日本一の営業マンの人としゃべる機会がありました。

話をしたハッシャダイの社員の人からも東京に来てほしいと誘いがありましたが、名前からして、めちゃくちゃ怪しいですし、福岡の地元が好きだったので話を聞いたときは行動には移しませんでした。

ですが、日本一の営業マンの話を聞き、自分より高いレベルを知ってしまったので今よりも面白い環境を求めて東京に挑戦しようと思い、ハッシャダイのヤンキーインターン(非大卒限定のインターンシップ)に参加しました。

木村
そうなんですね、出会いがきっかけとなったハッシャダイでのインターンはいかがでしたか?

後藤
最初はハッシャダイに行って営業は誰にも負ける気はしないと意気込んでいましたが、意外と周りの同期は穏やかな雰囲気でしたね。私は、研修中に表彰されるなど、負けないと意気込んだ分、しっかりと成果を残せたと思います。同期は5人いて、仲が良かったのですが、営業に対して、若干ハングリーさが欠けていると思いましたね。

木村
そうだったんですね、トップ成績を残せた要因になったハングリーさはどこから来ているのでしょうか?

後藤
一つは親に恩返しをしたいということです。高校時代は好きなことをやっていた分、かなり親に迷惑をかけたので恩返しをしたいと考えているからです。

もう一つは自分の父親の事業を大きくする。そのために自分が成長しなければならないからです。本気で成り上がりたいという気持ちはだれにも負けていなかったから、成果を出せたと思います。

木村:後藤さんのお父さんは何の事業を行われているのですか?

後藤
建築と居酒屋を経営しており、創業者でもあります。

木村
恩返しの気持ちが後藤さんのハングリーさにつながっているんですね。では、なぜ株式会社CyberBullを次のキャリアとして選んだのでしょうか?

後藤
一番の理由は自分が成長できる最高の環境だと思ったからです。なぜなら、インターネット業界の中でも大きな案件を扱っており、その大きな案件でも、若手に任せる裁量権のある社風というのが選んだ一番の理由です。

そしてもう一つの理由が、うちの社長が25歳の時に借金で5億円を抱えながらも事業を展開し、今ではそれを帳消しにして、現在も社長を続けているという話がすごく印象的に残っており、働きたいと思いました。

しかし、うちの会社は大卒しかとっておらず、面接を受けさせてもらえなかったのですが、人事の人に電話をして、直談判をして、何とか面接にこぎつけ合格しました。

木村
直談判とはすごいですね(笑)。話の節々に後藤さんのアグレッシブさが伝わってきます。
今後の後藤さんの目標などあればお聞かせください。

後藤
目標の一つ目は、父親の事業を拡大させること。そして二つ目はこの会社の必要不可欠な人材になること。

そして、毎日チャレンジをし続けることです。どんな小さなことでも大切にしています。自分は何もできない、だからこそ、マインドは失わずにプライドを捨てて挑戦し続けます!

木村
日々挑戦し続けるのは素晴らしいですね。本日はありがとうございました!

2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 後編

人生100年時代。Society5.0。日本人のキャリアづくりが大きく変わりつつあります。
これまで“新卒一括採用システム”によって支えられてきた若者のキャリアづくりも同様です。「2020年代の若者キャリア論 特別対談」として、今回はi専門職大学学長に就任予定の中村伊知哉先生と、スクール・トゥ・ワーク代表理事 古屋星斗の対談が実現しました。

前回 2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 中編

『早期で多様な選択を』

中村
少し話が変わるのですけれども、最近、幼児から社会人まで教育全体を変える必要があると考えています。そこで超教育協会という団体を作りました。その協会のミッションは、教育に先端テクノロジーを入れること。

たとえば、小学校はデジタル教科書がようやく導入されて、プログラミング教育もようやく始まりますが、世界的に見たら相当な遅れです。世界ではすでにAIやIoT、ブロックチェーンの時代に入ろうとしているため、周回遅れになっています。

テクノロジーをどのように入れればいいか、というところから始まって、学校の壁を取り払ったような教育の仕組みとか、ブロックチェーンを個人で管理するにはどのようにすればいいのか、それを議論するだけではなくどうすれば実装できるのかを今考えているところです。

キャリア教育や、ファイナンス教育など、話には少し出てきますが、しっかりやっている人はいなくて、そういう方向の取組も進めていこうと思っております。
 
古屋
金融教育ですとか、キャリア教育もそうですし、いろいろな「○○教育」が出るのですが、大人にできることは「最低限のきっかけを与えること」だと思っております。今の時代Googleで調べればすぐ出てきますので、関心があれば、寝る前の五分間でほとんどのことが調べられます。

そうなるときの最初の取り掛かり、これを提供するのが大人のやるべきことだと思っております。また、教育×テクノロジーでエドテックと呼ばれていますが、一つ言えるのは、非常に効率的な学びになることですよね。

私は「早期で多様な選択」というのが、一つの理想像だと思っています。その理想像には現在どの国でも行きついてないわけですが、具体的には中学3年生の段階で、何かの修士号を持っている、もしくは何かしらの分野で一流の人間になっているとか。

最近いくつかの事例が出てきておりますが、例えば農業高校の女子高生が、夏休みの自由研究でウミガメの研究をしていてですね、それで学術誌に論文が乗った、という。

実は一つの分野で、15歳までにテックの力を借りて勉強時間を圧縮してやってしまえば、マスター学位取得までに必要な時間を15歳までに確保できるのではないのかと思っております。

かつ好きであれば、好きを軸としたモチベーション調達ができる。好きだからやろうということで、例えばウミガメの研究で実は英語の勉強が必要でしたりとか、数学が必要だったりする。するともともとの基礎学力強化のモチベーションにもつながるわけですから、いいことしかないと思うのですよね。

ですから私の一つの理想像として、15歳でプロフェッショナルとしてチャレンジをして、5年チャレンジして失敗してもまだ20歳。まったく問題なくリカバリー可能ですよ。

この「失敗の経験」は「キャリア上の成功」です。他方、もしこれが現在の24歳のマスター取得者だとしたら、5年たって失敗したら30歳になるわけです。

そうするとかなりリスクが高まります。挑戦できるタイミングというのを早めにすることが私の一つの未来社会の理想像です。
 
中村
すごく面白いと思います。超教育協会でも、尖った高校だったり中学校、すごい幼稚園だったりに入ってもらいたいわけなんですよ。それぞれ行くところは別々でいいのですけれども、何かいろいろなことができる、大人たちも協力しますという「場」を作りたいのですよね。

いろいろな大人が協力するから、とできれば面白いのですよ。そういう、「15歳でマスターコース」じゃないですが、マスターに認定したり、大人たちや企業はそれで応援したりですとか、そういうのを作っていくのは大いにありですね。
 
古屋
現代では、年齢というのは社会に対して一つの大きな信頼指標になってしまっているのですね。だから大人がやっていることそのものを高校生にやらせてみたらいい。究極的には、いくつかの分野においては年齢というのは関係ないんだな、というのが見せられると思います。

成人式で暴れる若者から考える、若者のエネルギーと、この社会の未来

 
古屋
最後にちょっと違う話をしたいなと思っているのですが、成人式で暴れる若者という話が毎年ありますね。私は暴れたニュースを聞くと、日本にはまだまだ希望があるなと思っているのです。

というのは、ドイツなんかを見ると、ああいう場で暴れているのって外国人、移民なのですよね。

数年前のニューイヤーフェスティバルか何かで、外国人の若者が女性の方に乱暴したというようなことでドイツではかなり騒ぎになったということがありました。

ああいった場で「外国人が暴れた」という風になるとどうなるか。簡単に、「外国人けしからん」と排斥運動に繋がってしまうのですね。

まだ日本は、若者が外国人と一緒に暴れてしまうという状況にある。その一点で未来があるなと思っていて。ドイツなどで起こっているのは、外国人が暴れていてその国の若者がそれを遠巻きに見ている状況が最悪なわけですよね。

そうなると、その瞬間にドイツとかイギリスとかアメリカみたいな話になって、社会的な分断が極めて進んでしまう。私はそういう意味で若い世代のエネルギー量というのが社会の安定性、民主主義の健全性に直接つながるのかなと。

私はこういう意味で、成人式では若者に暴れてほしいし、暴れたことのニュース自体に希望があるなと感じます。この前のハロウィンの渋谷の騒動でも逮捕された十五人ほどのうちの何人かは外国籍の方でしたが、栃木県から来て暴れていたヤンキーだったり東大生がいたり、暴れている若者の属性が多様なんですね。

もちろん人に迷惑をかけることは論外なのですが、人に迷惑をかけない程度で、例えば成人式でやんちゃをするという程度のことは、大きく見れば社会の分断を防ぐと思います。
 
中村
古屋さんは今32歳でしたっけ。昔の若い世代はもっと暴れていたわけですよ。学園紛争で暴れた連中がいて、僕らは、そのずっと後で、それでも結構大学中心に暴れていたし、その後もヤンキーが街で乱暴するように不良になっていきました。

その後、みんな、ネットの上で暴れるようになってきて。炎上したりしているのだけど、日本はうまく暴れる場があってうまく抑えてきたということですよね。

なんとなく僕も感覚としても暴れる場所が減っているなと感じがするのです。つまり、ネットでも規制が入ってきていき、駄目が広がっていっている。

どこかで綺麗にバーンと噴出するだったらいいのだけど、「おさえろ」と。国の活力を削ぎますよ。やはり「暴れ噴出孔」みたいなものを作らなきゃいけないんだと思う。

i専門職大学は噴出孔じゃないけど、ちょっとここで暴れてみるか、挑戦してみるかとできる特区にしたい。

責任の取り方としては、「三回叱られたら」出て行ってもらうみたいなルールを決めて暴れるというような場でもいいかなと。法律違反はやめとけよ、みたいな。そういう空間がこの社会にはなくなっていますからね。
 
古屋
今のルール社会、厳しいルールが、若者の熱意というかエネルギーを削いでしまっている面もあるのかもしれませんね。21世紀の日本は、若者が世界でもっとも少ない国であることを運命づけられている国なわけです。

しかし、「少ないことイコールつまらないことではない」ので、少ないけれどもめちゃくちゃ面白いという社会を目指して活動しております。

本日はありがとうございました!
 
 

中村 伊知哉
i専門職大学 学長(就任予定)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授
1984年ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送 融合政策、インターネット政策を政府で最初に担当するが、橋本行革で省庁再編に携わったのを最後に退官し渡米。
1998年 MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長。2006年より慶應義塾大学教授。著書に『コンテンツと国家戦略~ソフトパワーと日本再興~』(角川EpuB選書)、『中村伊知哉の「新世紀ITビジネス進化論」』(ディスカヴァー携書)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、 共著)など。

古屋 星斗
一般社団法人スクール・トゥ・ワーク 代表理事
1986年岐阜県多治見市生まれ。大学・大学院では教育社会学を専攻、専門学校の学びを研究する。卒業後、経済産業省に入省し、社会人基礎力などの産業人材政策、アニメ・ゲームの海外展開、福島の復興、成長戦略の立案に従事。アニメ製作の現場から、仮設住宅まで駆け回る。現在は退官し、民間研究機関で次世代の若者のキャリアづくりを研究する。

2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 中編

人生100年時代。Society5.0。日本人のキャリアづくりが大きく変わりつつあります。
これまで“新卒一括採用システム”によって支えられてきた若者のキャリアづくりも同様です。「2020年代の若者キャリア論 特別対談」として、今回は慶応義塾大学大学院教授、i専門職大学学長に就任予定の中村伊知哉先生と、スクール・トゥ・ワーク代表理事 古屋星斗の対談が実現しました。

前回 2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 前編

ロールモデルの崩壊と「ゴールのないサッカー」

中村
学校が本当に提供できるのって、人だと思うんです。産業界の第一線の方々や成功や失敗しているような方々と、会ってコミュニケーションすることによって得られることの方が数倍大きいだろうと思っています。

それでいろいろ連携してくれる企業も集めたのですが、同時に客員教員を分厚くしようと思い、様々な方にお話ししたところ、すでに100名を超えました。開学までに200名行きたいと考えています。

そうすると世界で初めて、学生より教員が多い大学になると(笑)。世界一を狙おうと思っています。
 
古屋
場づくりというか、授業空間という意味では、大学というのは100%座学で終始できる学校群です。そういう意味では大学生はある種の「ゴールのないサッカー」をやっているんですよね。

そして、突然3年生くらいになるといきなりゴールが現れるのですけど、そのゴールが「サッカーゴールではなくバスケットゴール」なんですね。

学問の世界でゴールはないわけです。就職活動という形でしか出口がないわけですから。だから本当に座学で学んでいる内容というのが、リンクしづらい状況になっていて、同時にそうすると学問の方にモチベーションが行くはずがない。

大学院の時に専門学校の研究をしていてですね、専門学校の先生が授業などをするときに、「ここがテストに出るよ」というのが一般的な学校だとすると、専門学校は「そんなことやっているとお客さんお金くれないよ」と。

これで生徒の目の色が変わるのですね。この空間の構造づくりがそもそもの違いだと思っています。

専門職大学というのは、出口のサッカーゴールが最初から示されていて、もしかすると普通の大学のように座学はやるものの、座学の意味が全然違っているというような設計ができるのではないかと考えています。
 
中村
知識を授けるという点でいうと、ブロックチェーンが入ってきて、自分が学んだ履歴がこのようだとちゃんとできるようになったら、こういう大学のこういう講座を、履修をしましたという時代がそう遠くなく来るはずだと思っています。

それでは足りないプロフェッショナルな知識とか、それより経験とか体験だ、実際にみんなでやってみたこととか、企業の方々と作って売ってみたとかいうようなことを合わせての、その人たちのバックグラウンドになっていくと思うのですね。

それをうまくくみ上げていければなと思っています。
 
古屋
そのお話を聞いて思ったことがあります。パーソナル・ヘルス・レコードという健康データを、健康組合などから吸い出して集めて分析する仕組みが医療の世界では稼働しています。

個人の健康情報が全てわかる、つまりはどういう風邪にどういう薬が実際に効いたかどうか、この薬をやると患者は再受診してない、なども実はビックデータとしてわかってしまうのですね。

これの同じことがキャリアについてもいえるのではないかと。「パーソナル・キャリア・レコード」というのが、今後必要なのではないかと思っているのですね、必要なデータとして、先ほどおっしゃっていた履修履歴、大学だけではなく、高校ですとか、もしくはプライベートスクール、塾で何をやってきたのか、後はボーイスカウトや、部活なども含まれるかもしれませんが、そういう内容をすべて含めて、かつ企業の人事データも入れていくと、実はどういった経験、例えばボーイスカウトやっていた人が宇宙飛行士になりやすいとかですね、そういったことがわかってくるのですね。

日本は比較的トップダウンで教育内容などが決められている部分もあり、履修のデータベースなどが共通化しやすい環境にあります。大学や企業から始めれば、そういった仕組みが比較的簡単にできるのでないかなと思っているのですね。

こういった講義はこんな価値があるんだよとか、わかってきますし、多少年月は必要かもしれませんが。なぜそのようなことを考えているのかといいますと、若者のキャリアを考える上で非常に悩ましいのが、ロールモデルが崩壊しているということです。

昔であれば入った会社の先輩の背中を追いかければ、という非常に簡単な話だったのです。しかし、今は、転職するかもしれないですし、そもそもその会社が持つかどうかもわからない、買収されるかもしれないという世の中で、先輩を追いかける若者というのが存在しづらくなっている。

すると誰をモデルにしていいかわからないまま進んでいくのですが、その時にデータという形でアシストできないかなというのを感じているのですね。
 

TOKYOの力を活かす

 
古屋
さて、i専門職大学はICTでイノベーションを起こす学生に来てほしいとのことですが、学生の起業数は統計上は近年減っている傾向にあります。

東京にいると尖った起業家とか多いので、そういった人たちは都市部に集まっているのかな、というのが私の感触としてはありますが、地方群から東京というのは若者を吸い上げているので、私の一つの問題意識は都市部の若者と地方の若者のキャリアを混ぜ返していくこと。地方の若者にも情報とチャンスを与えたいなと思っています。
 
中村
東京が引っ張る時代は長く続くだろうと思っていまして、だからと言って東京の力をそぐ必要は全くないと思っているので、大学を生かしながら、それをどうやって地方でも使えるようにするのか、これが課題だと思っています。
 
古屋
まったく同意見です。グレータートーキョーは世界最大級の経済圏です。この力が日本の最後に残った武器だと思っておりまして、資源を集中して、イノベーション都市にしていくことによって、人が育つ。育った人たちが地方に戻って、しっかりとネットワークなりを還元すればいいと思っております。
 
中村
そうですね。私たちはかなり東京にこだわりました。東京23区に新しい大学を作ろうと。文科省や政府の地方重視の方針がありましたが、23区じゃないとこの大学は無理だと。

私も古屋さんと同じ意見で、特にICTは東京集中だから、そこでないと、教える側も集まらないし、出口も少ないので。
 
 

中村 伊知哉
i専門職大学 学長(就任予定)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授
1984年ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送 融合政策、インターネット政策を政府で最初に担当するが、橋本行革で省庁再編に携わったのを最後に退官し渡米。
1998年 MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長。2006年より慶應義塾大学教授。著書に『コンテンツと国家戦略~ソフトパワーと日本再興~』(角川EpuB選書)、『中村伊知哉の「新世紀ITビジネス進化論」』(ディスカヴァー携書)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、 共著)など。

古屋 星斗
一般社団法人スクール・トゥ・ワーク 代表理事
1986年岐阜県多治見市生まれ。大学・大学院では教育社会学を専攻、専門学校の学びを研究する。卒業後、経済産業省に入省し、社会人基礎力などの産業人材政策、アニメ・ゲームの海外展開、福島の復興、成長戦略の立案に従事。アニメ製作の現場から、仮設住宅まで駆け回る。現在は退官し、民間研究機関で次世代の若者のキャリアづくりを研究する。

2020’sの若者キャリア論 中村伊知哉教授 × 古屋星斗 前編

人生100年時代。Society5.0。日本人のキャリアづくりが大きく変わりつつあります。
これまで“新卒一括採用システム”によって支えられてきた若者のキャリアづくりも同様です。「2020年代の若者キャリア論 特別対談」として、今回はi専門職大学学長に就任予定の中村伊知哉先生と、スクール・トゥ・ワーク代表理事 古屋星斗の対談が実現しました。

イノベーションを起こす若者づくり

古屋(一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事、以下略):
本日はありがとうございます。私たちはこれからの時代の若者のキャリアについて様々な方と対話を進めております。先生は「i専門職大学」を開学されますね。既存の大学とは違う新しい教育機関ということで、非常に尖ったユニークな学校になりそうだなと感じていますが、どういった若者を受け入れ、どういった学生を育てていきたいですか?
 
中村伊知哉 教授(i専門職大学学長。以下敬称略):
i専門職大学では、ICTでイノベーションを起こす学生をつくる大学を作ろうとしています。それは既存の大学では無理だと思っていまして、1から企業と一緒に作る、企業と学ぶ、そういう大学にしていきたいと思っております。専門職大学は新しい教育機関です。

大学でもなく、専門学校でもなく、その間、というよりは“二つを足したような”イメージですね。大学のような一般の教養、学術、学問と、プロフェッショナルの専門学校の両方をやります。
 
古屋
それを4年間でやらないといけないわけですから。
 
中村
さらに必修でインターンシップを半年間ほど入れていくのですが、それだけじゃダメだと思っておりまして、学生たちが学ぶためのアライアンスを組む企業をそろえたいと思っております。これが思った以上にたくさんの企業の方たちが一緒にやろうと声をかけてくださって、100社を超えました。

さらに、全員起業というチャンスを与えたり、誰もが学生の間に一回はやってみて失敗する。目指すは「就職率0%」、既存の会社には誰もいかない大学を目指したいですね。
 
古屋
全員が起業家になると。
 
中村
はい、とは言っても今は就職したい人は多くなると思いますが、「チャレンジしたい」と思っている人に来てほしいと思っております。いっちょ暴れたいと思っている人がみんな来てくれるといいですね。
 
古屋
私も常々思っているところがございまして、日本は「ピラミッドが1つしかない社会」だと思っています。東京大学を頂点とするピラミッド、もしくはそれがハーバード大学に切り替わりつつありますが、ピラミッドはやはり一つなんですよね。

それが例えば、ビジネスを学ぶピラミッドですとか、ICT学習のピラミッドといった形でピラミッドがどんどんできていくと、学生の進路選択が多様になります。多様だということは、すなわちいろいろな才能の子たちが評価されるということですよね。先生の取り組みはピラミッドを新しく作り直せるきっかけになるのではないのかと感じました。
 
中村
僕も全く同じように壁を壊したいと思っています。典型図が霞が関で、東大のピラミッドが霞が関のピラミッドとあわせて世の中の頂点になっていたのが昔です。ただ最近は「霞が関行ったってしょうがないじゃん」という色が強くなってきています。それはそれで、いいことがあるだろうと思いますが、それに代わる山やピラミッドができているのかといえば、それがまだできていません。それを僕は作りたいと思っています。

ICTの世界ではアメリカが本場ですから、本当に優秀な人はアメリカをはじめとした海外に拠点を移してしまっているので、日本にも本場を作りたい。でも、1個そんな大学ができて単に学生を集めたところで、どうにもならないと思っています。それだけではなくて、興味がありますという企業が100社、1000社と増えていったら面白いのではないのかなと。教育の場というよりは挑戦する場という学校ですね。教育機関というよりも「挑戦する何かのプラットフォーム」です。


 
古屋
イノベーションのプラットフォームですね。スタンフォードのような。
 
中村
シリコンバレーの真ん中に立ってやっていたものですよね。日本版「墨田バレー」が欲しいと考えています。さらに全国のいろいろな場所に拠点を置きたいと考えています。それから大学という枠も取り払いたいと考えていて、「変な学校コミュニティ」も作りたいと思っているんです。

N高やAPUなどとも話をしていますが、いくつか尖った学校の何かにすごいやつがいて、変な活動をしているので単位が取れない状態でも、別の学校で単位はやるからと。そんな大きな仕組みを作れないかと考えています。
 
古屋
最近尖った高校生や大学生たちに話を聞くと、彼らが学校や企業に求めているのが本当に学歴やネームバリューだけじゃなくなっていると思うところがあります。求めているのは、場というか、空間自体というような気がしていて、得る空気もそうですし、得るネットワークもそうですし。彼らはすごくクレバーに、学校で何を得られるかということを考えている。

学歴という一種の「シグナル」は昔すごく有効で、官僚への就職に直結していた。ですが、いまはそういう社会ではない。本当に得るべきものはなんであるかと考えると、それは単なるシグナルの学歴ではなくて、例えば実際に起業できる経験ですとか、どういう人とのネットワークができるとか、そういったところを冷静にみているなと。優秀な子たちはそういったところを活用しつくしてやろうという、「貪欲さ」をすごく感じております。
 
中村
頼もしいですね。
 
古屋
はい、非常に頼もしいですね。
ただ一方で二極化も進んでいます。これもZ世代の研究とかでよく言われるのですが、「安定志向」と言われるんですね。例えば自分が最初に就職したこの会社にずっと努めたいですか?という質問に対してYESとこたえたのが新入社員は2018年に70%近くいるんです。

ですから、貪欲なグループとはまた、違う群がある。私の大きな問題意識は、その二つのグループがかなりの勢いで分離しつつあることにあります。私のミッションはその二つのグループを混ぜ合わせていくこと、解離していっても社会にとっていいことは一つもないのです。

「自分は挑戦している連中とは違うんだ」となると、足を引っ張りあうだけですから、SNSを見ていればわかりますが。なるべく混ぜ合わせて対話させていくというのが大切なのではと考えています。
 

中村 伊知哉
i専門職大学 学長(就任予定)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授
1984年ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送 融合政策、インターネット政策を政府で最初に担当するが、橋本行革で省庁再編に携わったのを最後に退官し渡米。
1998年 MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長。2006年より慶應義塾大学教授。著書に『コンテンツと国家戦略~ソフトパワーと日本再興~』(角川EpuB選書)、『中村伊知哉の「新世紀ITビジネス進化論」』(ディスカヴァー携書)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、 共著)など。

古屋 星斗
一般社団法人スクール・トゥ・ワーク 代表理事
1986年岐阜県多治見市生まれ。大学・大学院では教育社会学を専攻、専門学校の学びを研究する。卒業後、経済産業省に入省し、社会人基礎力などの産業人材政策、アニメ・ゲームの海外展開、福島の復興、成長戦略の立案に従事。アニメ製作の現場から、仮設住宅まで駆け回る。現在は退官し、民間研究機関で次世代の若者のキャリアづくりを研究する。