執筆者 @schooltowork | 7月 5, 2019 | ブログ, 非大卒人材
今回は、高校卒業後IT人材の派遣会社に就職し、その後お笑い芸人として活動を行い、現在は株式会社UZUZでキャリアカウンセラーとして活躍されている森川剛さんにお話を伺いたいと思います。
前回 営業、芸人の経験を活かしキャリアカウンセラーへ 前編

木村:
仕事を辞めようと決めて、2日後に辞める。すごいスピード感ですね。同じ部署の人が3人とかの小規模の会社だと、それなりに人間関係も近いと思うのですが止められたりしなかったのですか?
森川:
エンジニアの派遣といっても、1年間しか働いていなかったので、正直に言えば雑務がほとんどでしたね。あとは社長も基本的に外出しているのであまり会う機会もなかったですね。
でも、辞めるときに退職届も出さずに口答で辞めますと言ったときは、さすがに怒られましたね(笑)。引き留めもかなりありましたね。
今振り返ると、前の会社で仕事のモチベーションを見つけられなかったというのは、本当に申し訳ないと思ってます。
木村:
その後はどんな経緯でお笑い芸人になったんですか?
森川:
お笑い芸人を一人でやるのは厳しいと考えていたので、知り合いを探していたら友達に大学生がいて、その友達と一緒にネタを作ってソニーミュージックに応募しました。
そこで、ネタみせをやって認められてすぐに所属しました。最初は吉本とかも考えたんですけど、吉本って養成所があるじゃないですか、あそこってお金がかかるんですよ。
さらに吉本と契約を結ぶには、養成所で上位の成績を収めないと契約ができないという、かなりシビアな世界なので、養成所のある事務所は辞めました。
ですが、友達の相方がオーディションのネタみせ3日前くらいに芸人を辞めると突然言いまして、なので、一人でオーディションに行きました。
でも、そこで一応実力というか、若干情けもあったのか分からないですか、仮所属という形で合格しました。
木村:
すごいですね。応募の倍率とかって結構高かったんですか?
森川:
芸人だと、そんなに高くなかったらしいですね。やはり、お笑いとかだと吉本とか、ナベプロとか、人力車とかが人気らしいです。でも事務所には200人近くいたと思いますよ。
オーディションも元々2人でネタをやる予定なのに、直前になって断られたのでネタみせはせず、ひたすらしゃべっていました(笑)。
木村:
直前で断られて、それでも一人で行くのはすごいですね。あまり、芸人の方の働き方がイメージできないのですが、芸人としての仕事ってどんな感じなんですか?
森川:
そうですね、ライブで多い時は月20本ぐらいありましたね。でも、ライブは自分たちがお金を払って開催するということがほとんどでしたね。新宿、池袋が中心で活動してました。
木村:
月20本はすごいですね。ほぼ毎日ネタをやってる感じですか?
森川:
そうですね、やっぱり売れていない芸人が最初に目指すところはM-1などの賞レースなので、毎日やっていました。でも、当たり前ですけどこれだけじゃ生活できないのでみんなバイトとかをするんですよね。
私は普通のバイトはしたくないと考えていて、前職で営業もやっていたので営業をやろうと思いました。業務内容はよくある光ファイバーの営業なんですけど、かなり楽しかったんですよね。
今思えば18歳でBtoBの営業できたのは、かなり貴重な体験だったと思います。ですが、BtoCも非常に面白かったんですよね。自分が契約を結んで、その場で売上が立つというのは非常にやりがいがありました。
前職の営業は売上の流れとかを全く分かっていなかったので、BtoCの営業は自分の成果が分かりやすかった分、かなり熱中しましたね。でも、お金が無かったので芸人の仕事より、営業の仕事ばかりを頑張ってしまったんですよね。
そしたら、全社で1位になったこともありました。そこでは1年半くらい仕事していて、現場責任者ぐらいまで上がっていきましたね。あと今より給料が良かったです(笑)。
でも、お金を持ったら芸人の活動を全然頑張らなくなり、飲み歩きばっかりしていましたね。そんな時になぜ、自分は東京に来たんだろうと考えなおすようになって、その時にもう一度芸人で頑張るというのを決めたんですよ。
そしたらその時に、光ファイバーの営業で無理やり売っていた部分がありまして、かなり大きなクレームを受けてしまったんですよ。
この機会だし、責任を感じたので辞めます、みたいな言い方をすれば辞められるかなと思って辞めることを伝えたんです。そしたら、役員の人から、お前は辞めさせないと言われて、今日からお前の給料は5万だと言われました。
その瞬間にこの会社はおかしいということに気づいたんですよね。今までは売上も上げていたのでちやほやされていたのですが、急に監視の目が厳しくなり、給料もまともに出さないってなったので、私はその会社から逃げました。
当時は家まで追いかけられましたが、しっかり手続き取って辞めることができました。
木村:
ブラック企業だったんですかね(笑)。その後はどうされたんですか?
森川:
今、思えばかなりブラックだったと思います。私は数字も上げていたので、そんなに待遇も悪くなかったですが、少し宗教じみた感じもありましたね。
辞めた後は、別に芸人で売れているわけではないので、次の仕事を探していたのですが、たまたま光ファイバーの営業会社で仲良かった先輩がUZUZで働いたんですよ。うちの事業にUZUZカレッジというのがあるんですけど、それが光ファイバーの営業研修でして、そこにバイトで講師として行きました。
3ヶ月くらいは普通にテレアポをしていましたね。優しい人も多く環境が良かったのでつらくはなかったです。ですが、その事業がなかなかうまくいかなくて、赤字が続いて、実はその事業すぐつぶしてしまうんですよ。
私はその時はまた、バイトが無くなったと思っていたのですが、UZUZの今の社長の岡本に辞める必要はない、ここでキャリアカウンセラーとして働いてみないか?と言ってもらいました。私は、まだ芸人を続けたいという気持ちもあるので、バイトとして働かせてくださいということで働きました。
森川剛さんインタビュー記事一覧
営業、芸人の経験を活かしキャリアカウンセラーへ 前編
営業、芸人の経験を活かしキャリアカウンセラーへ 中編
営業、芸人の経験を活かしキャリアカウンセラーへ 後編
執筆者 @schooltowork | 7月 3, 2019 | ブログ, 非大卒人材
今回は、高校卒業後IT人材の派遣会社に就職し、その後お笑い芸人として活動を行い、現在は株式会社UZUZでキャリアカウンセラーとして活躍されている森川剛さんにお話を伺いたいと思います。

木村:
よろしくお願いします。森川さんのキャリアについて早速お伺いしたいのですが、まず、最初に高校の時の進路選択の時と初職について印象に残っていることなどを教えてください。
森川:
私の初職はIT人材の派遣会社で、配属された営業の部署は私を含めて3人しかいない小さな会社に就職しました。
私は高校生の就活は闇だらけだと思っています(笑)。ほとんどの求人が製造や飲食などで、希望する企業は1、2社しか出せない。そして、面接を受ける企業は基本的に内定辞退はNGで、必ずその会社に就職しないといけないみたいなところがあるじゃないですか。私はそれがすごい嫌だなと思っていました。
なぜなら、私は学年で成績が下から2番目とかだったので、先生から紹介される求人もいいのが全然無かったんですよ。製造とか、自動販売機のジュースを集める仕事とか、全く興味のない仕事ばかりだったんですよね。なので、学校の求人は受けませんでした。
皆さんが使っているような普通の民間の求人媒体を使って探しました。そしたら、先ほどの会社が見つかって就職が決まりました。仕事内容としては、IT人材を派遣する事業の営業マンとして働いていました。
木村:
そうなんですね、私も高卒なので似たような就職活動だと思うのですが、企業の探し方として、周りに民間の媒体を使って就職する人はほとんどいなかったのですが、千葉とかいわゆる一都三県とかの人たちは、民間の媒体を使う人が多いのですか?
森川:
私の学校は就職する人が少なかったので何とも言えないのですが、でも使っている人は少数ですがいたような気がします。
私の学校もみんな進路相談室にある、求人票から選んでいましたね。でも私は漠然と営業の仕事がやりたかったのでその道を選びました。
理系とかではなかったし、頭も良くなかったのですがスーツを着て仕事がしたいと思っていました。それで学校で営業の求人を探したのですが、無かったのでネットで自分で検索して応募しました。
小さい会社だったので社長が面接をしてくれました。33歳くらいの若い社長で同じ千葉の出身ということでかなり話が盛り上がって、面接に来てくれただけで嬉しいというくらい会社側も採用に困っていたので受かりました。
木村:
そうだったんですね、では、周りの高校生とは違った就活を行っていたんですかね?
森川:
そうですね、私の就職が決まったのが2月だったんですよ。なので、ずっと先生からはお前あと一ヶ月で卒業なのにどうするんだ、みたいなことをずっと言われ続けてましたね(笑)。
木村:
2月は相当遅いですね、普通の高校生とかって夏に企業見学が終わって、9月、10月にはみんな会社が決まるんですけど、その期間はどうされていたんですか?
森川:
私は一切やっていなかったですね。みんなが面接練習とかやっていても、当時は何もしていなかったです。それくらい危機感無く何も考えていなかったですね。
でも、その時から実は芸人の道は考えていました。でもさすがに、芸人だけで食べていけるっていうほど甘くは考えていなかったので、芸人として失敗したら私の人生終わりですからね。
頭も良くなくて、仕事もあまりしたことなくてみたいな大人になったらと思うとその時は怖くて芸人の道は選べなかったですね。
木村:
IT人材の派遣の営業の仕事はどんな仕事内容だったんですか?
森川:
職務内容自体はSESの営業をやっていて、IT人材をプロジェクトや業務にアサインさせていくのが仕事ですね。なので、本当に派遣会社のIT人材版みたいな感じです。
木村:
高卒ではかなり珍しい職種についたんですね。ちなみに入社当初の印象とかってありますか?
森川:
そうですね、小規模なので研修とかがなく、ひたすらOJTで仕事をしていくという感じだったんですけど、入社してからは本当に何も分からなかったです。
とりあえず日報を出せと言われても、業務進捗の「進捗」という文字すら読めない、パソコンの使い方も分からない。そんな状況から始まりましたね。
最初は仕事が出来なさ過ぎてあきれられていましたね。しかも、そのくせに必ず定時で帰るので(笑)。仕事できないくせに相当生意気な感じでしたね。
当時を振り返るとその時は相当マインドが低くて、営業でアポイントが取れたら一人で行っていいよと言われたので、それを口実に外出したら時々さぼっていたりとかもしましたね。
なので、仕事に対して、モチベーションも全くなく、スーツ着て仕事ができれば良いぐらいしか考えていなかったですね。
木村:
そうなんですね、話が若干戻るのですが、進路を選ぶときに他の道を選ぼうとは思わなかったのですか?また、他にどんな企業に興味を持っていましたか?
森川:
別にITだからどうこうではなくて、ただ営業がやりたかったので、そこの会社に志望しました。
木村:
待遇とかは考慮しましたか?
森川:
いや、一切見ていないですね。でも、東京で仕事がしたいという気持ちが強かったのと、高卒で手取りで20万円弱もらえていたので不満もなかったですね。
東京ってお笑いの劇場がたくさんあるんですけど、たまたま仕事をさぼっていた時に新宿の劇場に入ったんですよね。
そこでお笑いライブがやっていてたので見てたら、結構面白かったんですよね、芸人の方たちってお金は持っていないけど、すごい目がキラキラしているんですよね。
そこで私は感化されて、芸人の方を見ていると自分のやりたいことをやっているのに、俺は何をしているんだと感じました。
自分のことを振り返れば、惰性で働いて、ごまかしながらやって仕事をしていたので、それを10年後、20年後も同じなのかと考えた時に嫌だと思ったんですよね。だったら、仕事は辞めようと思って、2日後に辞めました。
森川剛さんインタビュー記事一覧
営業、芸人の経験を活かしキャリアカウンセラーへ 前編
営業、芸人の経験を活かしキャリアカウンセラーへ 中編
営業、芸人の経験を活かしキャリアカウンセラーへ 後編
執筆者 @schooltowork | 6月 28, 2019 | イベント, お知らせ, ニュース
ハッシャダイ × スクール・トゥ・ワーク 公開イベント第1弾
「ハッシャダイ × スクール・トゥ・ワーク~18歳の進路選択~」vol.1 開催のお知らせ

この度、学生及び非大卒人材[1]に対するキャリア教育事業等を行う一般社団法人スクール・トゥ・ワーク(所在地:東京都千代田区、代表理事:古屋 星斗)と、非大卒人材向け人材育成・就業支援を行う株式会社ハッシャダイ(本社:東京都渋谷区、代表取締役社長:久世 大亮、以下「ハッシャダイ」といいます。)は、公開イベント第2弾として、2019年7月13日(土)17時から19時まで、原宿のハッシャダイカフェにおいて、学校の先生を対象にしたイベント「ハッシャダイ × スクール・トゥ・ワーク~18歳からの進路選択~」vol.1を無料開催いたします。
高校を卒業して就職する人材は、例年20万人弱の高校生が就職しています。人口減少社会の本格化を間近に控えた日本においては、この高卒人材の活用や支援は避けては通れないテーマです。他方で、高卒人材は3年で4割が離職し、また、就職先の業種やエリアも大卒と比較して極めて限定的であるなど、就労にあたっての社会的な支援や、産業社会における活躍のサポートには至っていないのが現状です。
当団体とハッシャダイは、これからの高卒人材の就労支援など若者のキャリアについて問題意識を持っており、2019年4月24日に、公開イベント第1弾として、「高卒人材の就職に関する有識者トークセッション」を開催しました。
第2弾となる本イベントでは、学校の先生を対象として開催し、当団体の代表理事である古屋 星斗の講演「どうなる?終身雇用消滅時代のキャリアづくり」、ハッシャダイの勝山 恵一氏の講演「経験から語る若者のキャリアづくり」、両名に加え2名の学校の先生(新井晋太郎氏(埼玉県立川越工業高校定時制 教諭)、上田 祥子氏(公立高校勤務)と2名の企業人事担当者(佐藤 彰氏(自然電力株式会社)、能間 崇氏(株式会社トライフォート人事総務部部長))による「若者のキャリアづくり」をテーマにしたパネルディスカッション、聴講者らによるグループ・ディスカッションやネットワーキングを予定しています。
また、当団体では、2019年1月に、「非大卒人材」に代わる新名称の募集をしておりましたが、本イベントにおいて、募集総数166個の中から、本イベントにご参加くださる学校の先生らの投票で、新名称を決定する予定です。
今後、本イベントは、地域を変えて、定期的な開催を予定しており、各地において、これからの高卒人材の就労支援など若者キャリアについて、議論を深めてまいります。
【開催概要】
イベント名:「ハッシャダイ × スクール・トゥ・ワーク~18歳の進路選択~」vol.1
開催日時:2019年7月13日(土)17時から
開催場所:ハッシャダイカフェ(東京都渋谷区神宮前3丁目21-8TS原宿第2ビル)
参加条件:学校の教員であること
参加料金:無料
パネリスト
古屋 星斗 氏 一般社団法人スクール・トゥ・ワーク 代表理事
新井 晋太郎 氏 埼玉県立川越工業高校定時制 教諭
上田 祥子 氏 公立高校 国語科教諭
勝山 恵一 氏 株式会社ハッシャダイ
佐藤 彰 氏 自然電力株式会社 HRマネージャー
能間 崇 氏 株式会社トライフォート 人事総務部部長 兼 ゲーム開発部部長
[1] 主に中学校卒、高等学校卒、専門学校卒、高等専門学校卒、短期大学卒や大学中退などの人材
プレスリリースファイル
執筆者 @schooltowork | 6月 25, 2019 | イベント, ニュース
「What’s スクール・トゥ・ワーク」と題して、当団体の活動概要と活動の背景(問題意識)をご説明するイベントを、毎月第2週目の火曜日と第4週目の火曜日(火曜日が休日・祝日の場合は水曜日開催、イレギュラー開催の場合はご連絡をいたします。)の夜19時30分から20時30分までに定期的に開催いたします。
当団体の活動内容に少しでも興味がある方は、ぜひとも一度遊びにいらしていただければと思います。
【開催概要】
開催日時:2019年7月9日(火)19時30分~20時30分
開催場所:一般社団法人スクール・トゥ・ワーク(株式会社スーツ内)
東京都千代田区九段南4丁目6番13号ニュー九段マンション301号
https://bit.ly/2QKmsMS
参 加 費:無料
※少人数での開催を想定しています(5名程度)
当日スケジュール
受付開始19:20~
1.スクール・トゥ・ワークの活動概要
2.スクール・トゥ・ワークの活動の背景(問題意識)
3.参加者とのディスカッション
執筆者 @schooltowork | 6月 25, 2019 | ブログ, 非大卒人材
富山県の製造大企業の工場勤務から社会人生活をスタートした竹田将宏さん。働く中で積もる「違和感」を振り払うために、一歩を踏み出し、現在は東京のITベンチャーで活躍しています。一歩を踏み出す前、そして踏み出した結果。お話からどんなことが見えてくるのでしょうか。今回は、そんな竹田さんのキャリアストーリーを聞いていきたいと思います。
前回 「日々のつまらなさ」・・・変えたい思いで一歩踏み出した②

「日々のつまらなさ」を変えたい思いで一歩踏み出す
古屋:
竹田さんはハッシャダイでインターンをされていますね。こちらはどういったきっかけで参加しましたか?
竹田:
ハッシャダイに参加したきっかけはシンプルでした。まず前職で初めて社会というものを知りました。その中で自分の価値、特に報酬の低さ、周りの人との考え方の違い、こうした違和感からくる「日々のつまらなさ」。
これを変えたいと思っていました。変えるにはまず、自分が成長しなければいけない、視野を広げなければいけない、もっといろいろな社会人の話を聞いてみたいと考えていました。
そんな時にネットサーフィンをしていたら、たまたまハッシャダイのHPを見つけ、このインターンであれば自分の思っていることを実現できるのではないかと思い、ハッシャダイのインターンに参加しました。
もちろん、環境を変えてやったことの無いことを知らない人たちと行っていくリスクはありましたが、どう転んでもいい経験にはなるだろうと思っていたので、参加に迷いはなかったですね。
転職した会社を1週間で辞職、「ただの高卒」として自力で就活
古屋:
「どう転んでも」良い言葉ですね。キャリア初期の失敗は、職業生活全体で見たら成功だとも言われています。さて、ようやく現在に近づいてきました。インターンを経験して、今の会社に至るまでについて聞きたいです。
竹田:
インターン卒業後、ハッシャダイ経由でサイト制作・リスティング運用の受託会社に就職しました。ただ、なんとその会社を1週間で辞め、普通の高卒として再度就活をすることになりました。
辞めた理由は単純で、その会社が生産性が悪い上に、PDCAも回せていない。だから、長時間働くのが当たり前。そこに美学を感じている宗教の様な集団だったからです。
そこで、次はハッシャダイのサポートもなく就職活動に臨みました。やはり成長を軸に置いた時に、組織形成・事業拡大を自分でやってみたいと思い、ベンチャー企業にひたすら会いに行っていました。
古屋:
自力の就活ですね。すごい。
竹田:
そんな中で前職のLimeというフィットネス×ITの会社に出会いました。そこは正社員が3名で業務委託含め10人以下の組織でした。創業から間もない会社なのに掲げるビジョンは大きく、裁量もあったので入社させていただくことになりました。
そこでは営業から始まり、店舗運営店→舗責任者→メディア運営→メディア運営責任者→人事など幅広く経験させていただき、最終的には取締役になることができました。
投資に関しての業務も、経理までもやりました。Limeでは組織、事業が大きくなっていくのを経験し、かなり濃い1年間になりました。そして、ちょうど今年の4月に次のステップに進みます。
冒頭でお話しをした「日本をぶち上げる」をビジョンに掲げた、チャットボットによるマーケティング会社ZEALSの社長と繋がり、ジョインさせて頂きました。
挑戦するのも成果を出すのも全ては自分次第

古屋:
今のお仕事で大変なことはどんなところでしょう。
竹田:
ジョインして少し経ち、今は営業をメインで業務をしてますが、ビジョンがめちゃくちゃ強い会社なので、みんながビジョンを実現するためにがむしゃらに走っています。
その分、現状の生産フローの課題解決や仕組み化ができていないところも多いので、そこの仕組み化も、前職の経験を生かして取り組んでいます。ただ、まだ把握できていないことも多くてまだまだ苦労しています(笑)。
古屋:
ありがとうございます。ラグビー部時代、YKK時代、そしてLime時代、すべての経験が今に生きていますね。未来に向けて目標のようなものはありますか。
竹田:
自分は、社会に名を残したい、影響を与えることをしたいと思っています。ただ、仕事をこなすだけであったり、誰でも歩めるような人生を歩んだりは絶対にしたくありません。
そう考えた時に現職のビジョンを叶えることが、中長期的な目標になりますね。「日本をぶち上げる」これが実現した世界を感がるとワクワクしますね。
古屋:
ありがとうございます。最後に、竹田さんの後輩にあたる高卒人材の方々へのメッセージを一言頂けますでしょうか。
竹田:
結局は自分の人生なので、自分が一番責任を持たなければなりません。言い訳するのも逃げるのも、挑戦するのも成果を出すのも全ては自分次第です。
高卒とか大卒とかそんなことでネガティブになる人は言い訳をしているだけです。逆に学歴で満足している人も、たかが知れています。くだらない思考は捨てて、皆さんがそれぞれ思う最高の人生を歩んでいただければと思っています。
古屋:
自分の人生。当たり前のことですが、終身雇用が無くなる中、今の若い世代が「自分の人生」を生きる最初の世代になるかもしれませんね。ありがとうございました!
竹田将宏さんインタビュー記事一覧
「日々のつまらなさ」・・・変えたい思いで一歩踏み出した①
「日々のつまらなさ」・・・変えたい思いで一歩踏み出した②
「日々のつまらなさ」・・・変えたい思いで一歩踏み出した③